一つだけの奇跡 作:GLUMip 秋子さんの命を救ったのもボクのお願い… 栞ちゃんを助けたのもボクのお願い… そして…ボクが目覚めたのも…ボクのお願いなんだよ… そして…ボクのお願いを叶えるのは祐一君だった… いつも…ね… 秋子さんが自動車事故に会い、昏睡状態に陥ってから早3ヶ月… 奇跡的に一命を取りとめた秋子さんはすっかり元気になって今日も元気に家事をこなしている。 また2ヶ月ほど前に友人、美坂香里の妹さんが危篤状態だというので、こちらも俺はずいぶん気をもんだものだ。 妹さんの栞ちゃんはこちらも奇跡的に助かり、快方に向かっていると聞く。 そしてなにより…先週のあゆとの突然の再会… これを奇跡といわずして、何を奇跡と呼ぶのかと俺は思ったものだ。 あゆと一緒に過ごして1週間目になる。 相次ぐ身の回りの不幸とその後の奇跡に翻弄されていた日々がようやく過ぎ、 街もすっかり春になった頃、俺はあゆと再会した。 一度、学校で…今は切り株になっているあの場所…最後の別れを告げたのだと思っていたが、 あゆは7年ぶりに病院で目覚め、そして俺の元へとやってきたのだった。 二人の間で交わされる言葉は未来ではなく過去のことであったとしても別に俺達が後ろ向きなわけじゃない。 ただ、7年という歳月があまりにも長かった…それだけのことだ。 いくら話しても俺達の思い出は尽きる事がない。 それでも、そのうち今度は未来を語りだすだろう。 でも、それはまだ先の話になりそうだった。 その日俺達はいつものように駅前で待ち合わせ、商店街でたい焼きを買い、たい焼き屋さんに冷やかされながらそこを後にして… たい焼きを二人で食べながら話していた。 「あの、天使のマスコット…祐一君、ボクになんて言って渡してくれたか、覚えてる?」 もちろん、忘れるわけがない。 「最後のお願い…ボク、なんて言ったか知ってる?」 「ボクのこと、忘れてください、か?」 「本当のお願いはね、ちがうんだよっ!」 「…一緒にたい焼き食べたいよ…だっけ?」 「違うよ」 あゆがなんて言っていたか… あの日の思い出はあまりに悲しすぎて俺はあゆと再開する日までは出来るだけ思い出さないようにしてきたのだった。 忘れない様に、そして、思い出さない様に。 だから正確に覚えているかどうか少し自信が無いのも事実だった。 あゆは青く澄み渡った天井を見上げて少しだけ息を吐く。 「秋子さんの命を救ったのもボクのお願い…」 「栞ちゃんを助けたのもボクのお願い…」 「そして…ボクが目覚めたのも…ボクのお願いなんだよ…」 「そして…ボクのお願いを叶えるのは祐一君だった…」 え… 片手のたい焼きを思わず取り落としそうになる。 「いつも…ね…」 あゆは俺の顔に視線を戻して微笑んでみせた。 今までの奇跡は、全てあゆのお願いによるものだった… かけていたジグソーパズルの最後の1ピースが、今、埋まった様に思えた。 …でも、一つだけまだ引っかかりが残る。 「お願いはあと一つじゃなかったのか?」 「ボクはちゃんと一つだけお願いをしたんだよ」 あゆは元気にたい焼きにかぶりつく。 「栞ちゃんのポケットが、4次元になりますようにって」 「そしたら、未来から祐一君が最先端の医療技術を携えて皆を助けていったんだよ…」 「だから祐一君、頑張ってね」 その日の夜から、俺は猛烈に勉強を始めた。 おわり