・・・ああ、神様・・・ 作:GLUMip 月宮あゆの墓参りをするようになってから、もう長い事になる。 子供の頃、鉄腕アトムのワイド版コミックを読んだ。 今でも覚えているのが、アトムは天馬博士の子供に似せて作られたと言う事だ。 俺はあれから猛勉強を重ねて天馬博士になった。なったのだ。 だから俺の傍らにはあゆがいる。正確にはあゆに似せたロボットだ。 あゆロボットの記憶は俺があゆから見聞きした全ての情報を与えてある。 俺とあゆとの思い出の全てをインプットしてある。 楽しかった事も、辛かった事も。 今や人間型ロボットは市場に普及している。 だから今こうしてあゆロボットがいるわけだ。 俺も普及に一役買ったが、俺は天馬博士と違って初めて人間型ロボットを開発したわけでは無い。 あくまで研究者の一人に過ぎなかった。 しかし、より人間に近い動作をさせようとする俺の研究は金になった。 その金があゆロボットを生んだ。ここまで人間らしいロボットは、あゆロボットだけだ。 しかし、それで満足していたのも最初だけだった。 もし、タイムマシンがあればあゆを救えたはずだと思うと、 今度は何が何でもタイムマシンを開発せねばならなくなった。 金は、ロボットのおかげで豊富にあったのだから。 昔、俺はタイムマシンなど出来るわけが無いと思った。ロボットを作ろうとしたのも、 当時タイムマシンの可能性を否定する仮説が有力だったからである。 しかし近年、タイムマシンと、タイムパラドックスに関する新たな論文が発表され、 タイムマシンもにわかに現実味を帯びてきた。 そして、その理論を元に世界初の工学的なモデルを作成したのが俺。 今から遂に人体実験を行う所である。 持ち物はあゆロボットのみだ。 子供と大人の2体。俺が作った大切なロボットだ。 持っていく理由は、アシスタントをさせるためでもあるが、 なによりも片時も手放せないのが本当の所だ。 ロボットとは言え、あゆと離れるのは非常に辛い。 しかし、俺があゆを救えば、俺はあゆと結婚して今と違った人生を送っているはずである。 そうすれば、長年の俺の苦しみも報われるのだ。 意気揚々とタイムマシンのスイッチを入れる。 理論によれば、移動先での行動時間は一ヶ月程度。 それ以上いようとしても、強制的にもとの時間に戻ってしまう。 それに移動先の時間は、目標値に対して多少の誤差が生じるので現地での行動時間は 限られたものとなる可能性がある。慎重かつ大胆に行動せねば目標の達成もおぼつかないだろう。 誤差の存在を鑑みて、目標時間をあの日の20日程前に設定し、実験に挑む。 鈍い振動音がして目の前が暗くなる。 ・・・ああ、神様・・・ 成功を祈り、静かに目を閉じた。 ・・・気がつくと、雪に包まれた森にいた。 木々の向こうには天へ届かんばかりの大木が望める。間違いない。あの森だ。 実験は成功したのだろう。俺は感動に打ち震えた。 ところがどうしたことか、傍らにいたはずのあゆロボットが、2体ともいない。 俺の大事なあゆロボット。いったい何処へ・・・ どさっ。 重いものが落ちる音がした。 まさか。 背中に冷たいものが走る。 音のした方向に走っていくと、ああ、なんと言う事か。 俺は一生で一番辛い光景を、2度見てしまったのだ。 赤い雪。 駆けよって泣いている少年。 間に合わなかった・・・ ガックリと崩れ落ち、その場に座り込む。 論文によれば時間旅行は一度しかできない。 一度往復したものに2度目は与えられないのである。 つまり、もう俺はあゆを救えないのだ。 雪の上にうずくまり、嗚咽する。 真っ白な雪の上でただひたすら放心するばかりだった。 やがて少年は泣きつかれて眠ってしまったようだった。 俺はそれをはっきりしない頭で眺めていた。 と、その時ひらめくものがあった。 そうだ、当時では無理でも、現代ならあゆを蘇生できるかもしれない。 それが駄目でも、誰か代わりのものにあゆを助けに行かせれば良いだけの話ではないか・・・ 何故こんな単純な事に気がつかなかったのか。そう思うと俄然元気が出てきた。 少年・・・当時の俺を起こさぬようにそっとあゆの体に近寄り、あゆを抱き起こす。 懐かしいあゆの体。記憶の片隅にしか残っていなかった幼い頃のあゆの体。 慈しむように抱え上げる。こうしてみると、あゆロボットに瓜二つだ。 俺はなんという正確さであゆロボットを作ったのだろうか。 これも奇跡か・・・いや、愛のなせる技と言うべきか・・・ 刹那、目の前が白く光り、全身に強い衝撃が走った。 体が硬直して動かない。心臓が苦しい。苦しい、苦しい・・・ 次の瞬間、俺は全てを悟った。 これはあゆロボットだ・・・ 前にも一度感電した事がある。あの時はまだ試験段階で絶縁不良があったのを覚えている。 今回は落下の衝撃で断線し、抱きかかえたときに内部の回路が外皮に接触して感電したのだろう。 つづけざまに、俺の頭に疑念が生じた。 あゆロボットが子供の頃の俺を認識したら、きっとたい焼きを一緒に食べるに決まっている。 子供の俺がいなくなる時には、恐らくあの願い事を言う。 もし、高い所から落下したら、あの時俺が聞いた言葉を口にするに違いない・・・ 意識は急速に薄らいでいった。 結局、俺の人生って何だったんだ・・・ 答は出ぬまま、二度と覚めない眠りへと落ちてゆく・・・ ・・・ああ、神様・・・ おわり