愛娘、栞 作:GLUMip いつか、この場所で名雪と香里の姿を見かけたことがある。 あの時は栞と二人でジャンボパフェ(詳しい名前は忘れた)を前にして悪戦苦闘していたのを覚えている。 結局、その時は4人が同じテーブルに着くことはなかったのだが… 季節は春。 栞と一緒に入った百花屋で、またあの二人と鉢合わせることになるとは思わなかった。 その二人、名雪と香里は入口のドアのあたりで店内の混雑に困惑しているみたいだ。 「おーいっ、名雪」 席を立って、名雪に向かって手を振って見せる。 「良かったら、一緒にどうだ?」 俺達のところは4人がけの席だったので空いている椅子に座らせることができた。 見ると名雪も栞ももじもじしている。 そうか、二人とも初対面だったな。 「はじめまして、栞です」 栞が最初に頭を下げると、名雪は早くも打ち解けたように顔をほころばせた。 「栞ちゃんって言うんだ。私は水瀬名雪。祐一の従姉妹なんだよ」 「わぁ、そうなんですか、よろしくお願いします」 俺は香里の顔を一度うかがった。 ニコニコと栞を見つめている。 もう隠すこともないだろう。 「実は、栞は香里の娘なんだ」 「へー、そうなんだ」 間に受けた名雪がさも当然のように信じ込む。 「相沢君変なこと言わない」 すかさずツッコミを入れる香里。 「香里、子供がいたなんて知らなかったよ」 「名雪も信じないの!」 「えっ、祐一の冗談だったの?」 「そうだ…って言うか、気づくだろ普通」 「香里って子供いてもおかしくないように見えるから、本当かと思っちゃったよ」 名雪がそう口にした瞬間、香里の顔が目に見えてこわばってゆくのがわかる。 左手を懐に隠した。 まずい、あれはメリケンサックを取り出す体勢に入っている。 「それじゃあな、名雪」 そそくさとその場を立ち去ろうとする俺の襟首を、すかさず香里の右手が捕らえる。 「相沢君、ちょーっといいかしら?」 そのままずるずると店の外へと引っ張られて行く俺。 辿りついた場所は人の通らない路地裏だった。 「ここなら誰もいないわね」 幾度となく見てきた光景だが、髪の毛が逆立っている香里は本当に恐い。 「相沢君」 妙に優しい声で香里が微笑む。 口元を引きつらせながら。 「覚悟は出来てるわね」 顔の上半分だけは聖母の様に優しく微笑んでいる香里。 「ちょっと待て、今回はどう考えても名雪だろ!」 「…女の子には手を上げない主義なのよ」 一歩。 香里が踏み出すと 大きな気の塊が俺を襲う。 殺気。 それに気づいた俺の体は、直後、宙を舞っていた。 おわり