右と左 作:GLUMip リノリウムの床を月光が照らしだす。 昼間は幾多の学生が通るこの廊下も、今は不気味な静寂に包まれているはずであった。 本当にそうだろうか。 否。 静寂を突き破る魔物の気配が、今や俺と舞の周囲に立ち込めているのだった。 しかもそれは次第に包囲の輪を狭めてくる。 俺でも分かるほどの濃密な魔物の気配は、打ち寄せる波のようにその気配を高めたり減じたりしている。 おそらくは魔物なりに間合いを取っているのだろう。 一瞬の隙を突いて攻撃せんと、虎視眈々と獲物を狙う姿が目に浮かぶ様だ。 気を抜けば容赦ない一撃が俺を襲ってくる。 舞と目配せで攻撃に打って出ようかと一瞬考えたが、今や舞の方を向くのも危険かと思われた。 刹那、前方から激しい「気」の塊が突進してくるのを感じた。 まずい。先手を打たれたのだ。 俺は反射的に飛びのこうとした。 左か…右か… 左はすぐ教室の壁であり、退路を絶たれる恐れがあった。 転じて右を観察すればすなわち窓であり、ガラスでの裂傷が懸念される。 しかしながら、適度な飛び方と順当な着地をすれば安全であるに違いなく、 いざという時は窓の外という退路がある。 しかし…窓を開けて魔物が外部へと出てしまったらどうなるのだろう。 開けてはいけない、パンドラの箱。 窓から外へ脱出するのはその箱を開くに等しい行為ではないか? とすれば、当然壁側への避退こそ順当な行動であるといえる。 壁を支点としての跳躍を行い、再度窓側へ移動することにより魔物を幻惑し、攻勢の端緒とするのも一案ではないか。 ただし、壁に軸足を支えるだけの強度が確保されているという保証はない。 一点に集約された荷重に耐えかねた壁面が損壊し、魔物の攻撃を回避できるだけの姿勢の保持を難しくさせる可能性も否定できない。 しかしながら、反攻に転ぜられる好機を逃すのも惜しかるべ ぐはっ! 魔物の巨大な気が俺の体を持ち上げ、廊下を突っ切り、非常口のドアへと叩きつけた。 やんぬるかな。 俺の長考が死を招いてしまったのだ。 体はドアを突き抜け極寒の屋外へと放り出される。 グッバイ青春。 おわり