喪失 第1話 作:GLUMip 「祐一さんには話しておこうと思いまして…」 秋子さんが俺を呼びとめたのは、朝から雨が降り続いている日のことだった。 嫌な予感がした。 伝えにくい話である事は秋子さんが珍しく眉をひそめていることから想像がついた。 「あゆちゃん…のことなんですが」 あゆは昨日、退院後半年が経過したとの事で精密検査を受けてきたばかりだった。 「まさか検査の結果が…」 言いよどんだ俺を秋子さんは正面から見つめなおした。 「話を聞く勇気がありますか?」 顔から血の気が引いていくのが分かる。 「…聞かせてください。俺には、聞く義務があると思うんです」 秋子さんは黙って頷き、ソファーに座るよう勧めてくれた。 ソファーに軽く座り、手を握り締めて秋子さんが口を開くのを待つ。 時計の音だけが過ぎ去ってゆく。 ちょうど一分。秋子さんは意を決したように切り出した。 「頭の中に、血瘤があるそうです…」 「どういう事か、おわかりですね」 それだけ口にすると黙ってしまった。 長い沈黙が訪れた。 沈黙を破ったのは俺のほうだった。 「手術でなんとかならないんですか?」 鋭い目つきで秋子さんを見返す。 「脳の奥のほうにあるから、今の医療技術じゃどうにもならないと…」 「そう…ですか…」 再び、長い沈黙。 長いこと宙を見つめていた視線を秋子さんに戻し、一礼して席を立つ。 「祐一さん…」 「血瘤が破れると決まったわけではありません。そのうち医学が進歩して助かる事も…」 俺は背中を見せたまま頷いた。 「最後まで希望は捨てません。それが、俺の努めです…」 「それに…」 後を振り返って、言葉を続ける。 「奇跡を信じるのは人類の特権です」 つづく