祐一さんのテント 作:GLUMip その日もわたしはコーヒーを入れ、二人が起きてくるのを待ちました。 ところが、どうしたことでしょう。 もう学校に行く時間だというのに、名雪だけでなく祐一さんまで起きてきません。 今日に限ってどうしてしまったのでしょう。 そろそろ起こしに行かなくてはいけませんね。 トントン。 軽く祐一さんの部屋の扉をノックしますが、返事はありません。 昨日夜遅くまで名雪とテスト勉強をしていたようですが、それで疲れているんでしょうか。 でも、遅刻して授業を受けられないのでは徹夜の勉強も本末転倒というもの。 やはり、ここは意を強くして起こさなければいけませんね。 「祐一さん」 ドアの外から声をかけて、もう一度ノック。 それでも返事はありません。 もう一度強めにドアを叩きましたが、それでも起きてくる気配はありませんでした。 こうなったら、直接起こしましょう。 黙って部屋に入るのは祐一さんのプライベートな領域に土足で踏み込むような気がして心が痛むのですが… でも、祐一さんは家族なのですから、部屋に入って起こすのは当然ですよね。 「祐一さん」 声をかけながらドアを開けると、祐一さんが毛布をはいで大の字に寝ているのが見えます。 よほど疲れていたのでしょう。完全に熟睡していて起きる気配すら見せません。 寝ている間、暑かったのか毛布は蹴飛ばされてベッドから落ちています。 ベッドの上の祐一さんは、ただパジャマだけの姿で… あら!? …あらあら… いやだわ、わたしときたら。 思わず顔が赤くなってしまいます。 そう。私の見たのものは… その、祐一さんの… 祐一さんのパジャマにテントが張っているんです。 いやだわ、落ち着きなさい秋子! 祐一さんは仮にも姉さんの子供なのよ。 でも、視線は一点に注がれてなかなか動こうとしません。 秋子、しっかりしなさい。祐一さんは甥なんですよ。 つまり、三親等以内だから、あの、その。 ええい、気を確かにするんです、秋子。 あなたにはあの人がいるじゃないの! ええ、そうです。わたしにはあの人が。 でも、秋子、あの人と永遠に別れを告げて早十数年… その間、女手で一つで名雪を育てて、ただ名雪を育てる以外の喜びなんて何も知らなかったわ。 いやだ。わたし、何を考えているんでしょう。 そうよ、秋子はあの人に一生分の幸せをもらったはず。 今更なにを求めるものがあるのでしょうか。 それに、相手は祐一さんです。 実の甥です。血がつながっているのですよ。 まぁ、名雪とは結婚もできますが… って、そうじゃありません。 でも、その、秋子だって若い男の子をこうも目の前にしてじっとしている訳には… その、祐一さんのテントが。 ああ、あのテント。 ごめんなさい、あなた。 不義な女である秋子を許してください。 秋子はあなたの面影を恋しいあまりに道をはずすのです。 あのテントを見ると、秋子は毎朝元気だったあなたの姿を思い出して仕方ないのです。 わたしはあなたの代償をあのテントに見出してしまったのでしょうか。 そう、今もこうして目を閉じれば、まず浮かんでくるのはあなたの顔なのですよ。 そして、立派だったあなたの朝の… …ここでわたしは我に帰りました。 もう一度、祐一さんのテントを観察してみます。 ………ふっ。 かつては貞淑な妻として称えられ、今も母親の鏡として賞賛されるわたしが、たかだか甥の生理現象ごときに取り乱すとは… たまにはこういう時もあるという事でしょうか。 わたしとしたことが子供相手に取り乱すなんて、少し疲れているのかもしれませんね。 おわり