とこかのスタッフ奮戦記 注:これはまったくの創作であり、   実在のいかなる即売会とも   一切関係ありません。 作:GLUMip 「おはようございまふぁー」 気の抜けたスタッフの声が、ここ、某田区産業会館Pi0に木霊する。 今日はKanon系即売会「ことかの2(とことんKanon2)」の開催日だ。 朝早くから集まった参加者達から「朝はおはようだよっ!」などの返事が炸裂する。 カード披露にいそしんでいた者も新聞を抱いていた者も一斉に起きあがり、我先にと 走りだし、「おはようございまふぁー」の彼の前に集合する。 「ボクのひとつめのお願いです…」 その声に、看板を持ったスタッフを十重二十重に取り囲む一般参加者が耳をそばだてる。 「みんな4列にならんでください。それがボクのひとつめのお願いです」 言うが早いか、押し合いへし合い。群集は意思を持った集団として脈動を開始する。 「どっちに並ぶんだっ!」「早く決めてくれっ!」 集団の中から悲痛な声が漏れる。輪の中央に近づくほど圧力は強まり、人々の顔も苦しげだ。 輪の中にいる彼は、自分のナビゲートが不充分であった事を痛感したであろう。 いや、その顔の下に見える不敵な笑みは、最初からこの状況を予期しての発言だというのか。 次第に混乱はその度合いを強めていき、微妙な均衡で成り立っている輪はもう崩壊するかに見えた。 「ボクの二つ目のお願いです…」 「あっちの看板持っているスタッフを先頭に並んでください…それがボクの…」 最後の方の言葉は狂乱する集団の怒号と足音にかき消された。 集団が今指された方を見ると、既に最寄駅から誘導されてきた始発組が整然と並んでいる。 「くそっ!ハメられた!」 「俺達の方が早く来たのに!」 始発組の後に並んだ彼らは不平不満を口々に漏らしたが、看板を持ったスタッフが にっこり微笑んでこう言うと、もはや何も言えなくなったようだ。 「今のは徹夜組が悪い」 後の方から、先ほどの策士の声がする。三つ目のお願いを口にしているらしい。 「うぐぅ、ボクのこと、忘れて…」 それを聞いていた始発組の一人が、隣の男に話しかけた。 「こんな面白い事、忘れられないですよね」 その顔は痛快無比の表情であった。 「おはようございまふぁー」 気の抜ける挨拶が繰り返される。 冬の朝は冷える。徹夜で運営会議を行っていた彼の足は冷え切ってしまい、 思うように動かない。今になって徹夜の疲れが出てきて、意識は明瞭であるものの 瞼は重たかった。 「うにゅ、けろぴー」 途端に睡魔に襲われ、朦朧とする。 12時に食ったカップ麺は既に消化されて久しい。 アナウンスの声を出すにも、空腹のため相当な体力を消費する行為に思えた。 すると、向こうの方から補給物資を片手に班長がやってくる。 ぶんぶんと手を振って元気そうだ。 「みんなお疲れさま。さあ、朝飯を持ってきたぞ」 がさごそと茶色の袋に班長が手を入れるのを見て、嫌な予感がした。 「うぐぅ、祐一君も食べる?」 班長の手に握られているのは紛れもなくたい焼きであった。 朝からたい焼き…既に相当な体力を消耗している。 空腹に馴れた胃にたい焼きを押し込めばどうなるかは容易に想像がついた。 「食べないのか?」 班長が怪訝そうな顔で見つめる。 「頂きます…」 どこから調達してきたのか、たい焼きは湯気を出して温かだった。 「たい焼きは焼き立てが一番だね」 …それはそうだが、朝からたい焼きか… しぶしぶ口にすると、案の定すきっ腹には重過ぎたようで、胃がもたれる感じがする。 無理矢理に口に運んでいると班長が顔をゆがめた。 「なんだ、あまり旨そうじゃないな、スタッフなら『うぐうぐおいしいねぇ』と言え」 「そんなこと言う人、嫌いです」 とこかの2は戦いのゴングを鳴らしたばかりであった。 おわり